ご存知ですか?
◆有機農産物って… ※種まき又は植付けの前2年以上の間、禁止農薬や禁止肥料を使用しないように管理さ れた水田や畑で栽培された農産物です。 ※有機JAS認定を受けた事業者のみが「有機」又は「オーガニック」の表示ができます。 ※有機農産物には、必ず有機JASマークが添付されています。 ◆サラダのうえんの有機野菜は… ※サラダのうえんの有機野菜は、有機栽培で使用可能な 一部の農薬も一切使用せずに栽培しています。
幕末以降を除き、日本人が外国に脅威を感じたのは、
7世紀の「唐」と13世紀の「元」くらいで、
しかも、そのどちらもが杞憂に終わった。
つまり日本人にとって幕末とは、それまで誰とも接したコトのない若僧が、
突然に社交界デビューしたような、そんな時代だった。
だから、よく政治家の外交下手が話題になるが、
それは、日本の歴史を鑑みれば仕方の無いコトで、
まぁ、半ば遺伝だと思ってあきらめたほうがいい。
諸外国と同じように、無意識に社交辞令を交わし、
さりげない大人のお付き合いができるようになるまでには、
少なくとも数世代の経験が必要となるだろう。
この国の歴史は、外交下手という遺伝的欠陥を残しはしたが、
短所は、見方を変えれば長所となるのもよくあるコトだ。
長い歴史の積み重ねが作り上げてきた、我々の潜在意識の中に、
ほぼ間違いなく、日本人にしかできない思考法が存在する。
潜在的なので、誰もが気づいていないと思うが、
日本人なら皆が、そのような思考法に陥っているはずだ。
それは、西洋的な思考法とは真逆の、内向きな思考法だ。
例えば、70年代に起きたオイルショックでの対策が、具体的でいい例だ。
===================================================

岡山のフレンチレストラン、クロワサンスの皆さんが畑を見にきてくれました。
右から高坂シェフ、高坂サンのお母さん、パティシエのわかなチャンです。
ちなみに一番左は、私の女房です。
高坂シェフとは、全日空ホテルで腕を振るっていた頃からの付き合いですから、
もう、5年くらいになります。
シェフの料理に対する真摯な姿勢には、いつも頭が下がる思いです。
今日もまた、多くの刺激をいただきました。感謝!
===================================================
さぁ、石油がなくなるぞッ…となったら、
現在の日本人なら、どのように考えるだろうか…?
今、考え直してみても、真っ先に思いつくのは、
車の燃費を良くしようとか、電気をコマメに消そうとか、
発電所の変換効率を良くしようなどの省エネ対策ではないだろうか?
これは、直面する問題を、まず自分たちの中に取り込み、
自分たちの内輪で、どうにか解決しようとする内向きの思考法だ。
日本人は、無意識のうちに、この内向きな思考法になってしまうのだ。
一方、西洋的な思考法なら、新しい油田を探すとか、他のエネルギー源に変えるとか、
もちろん、省エネの思考が全く無いわけではないだろうが、
おそらく、外向きに解決策を求めるのが、彼らにとっては常套的な発想だろう。
実際、イギリスはオイルショックを機に、北海油田の本格的な開発を始めた。
それまで、未知の世界だった海底油田に挑戦しようとするあたりが、
実に西洋的で面白くもあるが、我々には不得手な思考法だ。
もちろん、日本人だって海底資源や代替エネルギーの考えがないわけではないが、
それは飽くまで、他人の発想に喚起され、気づかされただけであって、
自身の奥深くから、泉のように湧いて出た無意識の発想ではない。
そのような他人の発想を、よく咀嚼もせずにマネると、
得てして消化不良になって、調子が悪くなるというモノだ。
7世紀の「唐」と13世紀の「元」くらいで、
しかも、そのどちらもが杞憂に終わった。
つまり日本人にとって幕末とは、それまで誰とも接したコトのない若僧が、
突然に社交界デビューしたような、そんな時代だった。
だから、よく政治家の外交下手が話題になるが、
それは、日本の歴史を鑑みれば仕方の無いコトで、
まぁ、半ば遺伝だと思ってあきらめたほうがいい。
諸外国と同じように、無意識に社交辞令を交わし、
さりげない大人のお付き合いができるようになるまでには、
少なくとも数世代の経験が必要となるだろう。
この国の歴史は、外交下手という遺伝的欠陥を残しはしたが、
短所は、見方を変えれば長所となるのもよくあるコトだ。
長い歴史の積み重ねが作り上げてきた、我々の潜在意識の中に、
ほぼ間違いなく、日本人にしかできない思考法が存在する。
潜在的なので、誰もが気づいていないと思うが、
日本人なら皆が、そのような思考法に陥っているはずだ。
それは、西洋的な思考法とは真逆の、内向きな思考法だ。
例えば、70年代に起きたオイルショックでの対策が、具体的でいい例だ。
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岡山のフレンチレストラン、クロワサンスの皆さんが畑を見にきてくれました。
右から高坂シェフ、高坂サンのお母さん、パティシエのわかなチャンです。
ちなみに一番左は、私の女房です。
高坂シェフとは、全日空ホテルで腕を振るっていた頃からの付き合いですから、
もう、5年くらいになります。
シェフの料理に対する真摯な姿勢には、いつも頭が下がる思いです。
今日もまた、多くの刺激をいただきました。感謝!
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さぁ、石油がなくなるぞッ…となったら、
現在の日本人なら、どのように考えるだろうか…?
今、考え直してみても、真っ先に思いつくのは、
車の燃費を良くしようとか、電気をコマメに消そうとか、
発電所の変換効率を良くしようなどの省エネ対策ではないだろうか?
これは、直面する問題を、まず自分たちの中に取り込み、
自分たちの内輪で、どうにか解決しようとする内向きの思考法だ。
日本人は、無意識のうちに、この内向きな思考法になってしまうのだ。
一方、西洋的な思考法なら、新しい油田を探すとか、他のエネルギー源に変えるとか、
もちろん、省エネの思考が全く無いわけではないだろうが、
おそらく、外向きに解決策を求めるのが、彼らにとっては常套的な発想だろう。
実際、イギリスはオイルショックを機に、北海油田の本格的な開発を始めた。
それまで、未知の世界だった海底油田に挑戦しようとするあたりが、
実に西洋的で面白くもあるが、我々には不得手な思考法だ。
もちろん、日本人だって海底資源や代替エネルギーの考えがないわけではないが、
それは飽くまで、他人の発想に喚起され、気づかされただけであって、
自身の奥深くから、泉のように湧いて出た無意識の発想ではない。
そのような他人の発想を、よく咀嚼もせずにマネると、
得てして消化不良になって、調子が悪くなるというモノだ。
素人の戯言だと思っていただきたい。
今の日本を覆っている閉塞感は、歴史的に見れば珍しくもない。
大概、好景気の後には決まって国家的鬱病に罹患する。
なぜ、このような病にかかるのかといえば、理由はそんなに難しくない。
社会がある種の方向性を持ったパラダイムにシフトすると、
紆余曲折はあるにしても、その価値観を是認する体制が築かれる。
しかし、ある種の方向性を持つということは、
その成長には、おのずと限界が待ち受けているというコトだ。
そして限界が近づくにつれ、内包していた矛盾は表面化してくる。
その矛盾は、なんらかの病根が症状として表れたモノなのだが、
その時代の人間は、病根を取り除く根治療法は認めたがらない。
それまで築いてきた巣は壊したくはないし、蜜もまた手放したくないからだ。
だからとりあえず、対症療法を試みるコトになる。
もちろん、対症療法なのだから、なにも体質は変わっていないが、
その場しのぎの療法であっても、大衆はとりあえず安心する。
しかし安心している間にも、病は確実に拡がり続けている。
おそらく、何度か対症療法を試みるコトだろうが、
遂に病は膏肓に入り、手の施しようがなくなる。
そうなれば、それまでの築き上げてきた体制を捨てて、
新しいパラダイムにシフトするしかなくなる。

西洋的な史観だと、パラダイムが新たにシフトする方向は、
常に外向きで、それ以外の方向性は無いのではないかと思う。
つまり、行き詰ったそれまでの価値観や規範を打破するのには、
外部に出て行くしかないといった、
一見、日本人からすれば逞しく感じる一方で、単純にも思える発想だ。
しかし、それは当然かもしれない、
ヨーロッパだと、いつでも外敵が睨みを利かせているわけで、
国家が衰退の途にあったとしても、常に外部を意識せざるを得ず、
それを怠れば、それは即ち滅亡というコトに他ならないからだ。
だから西洋的な史観だと、いつも論ぜられるのは、
いかにして外部を支配下に置くかというコトである。
誤解のないように言っておくが、何も武力で支配するだけではない。
経済的にであったり、文化的にであったり、その形態は様々だ。
彼らが思い描く理想はPax(パクス)であり、
それは、彼らにとっては疑いもしない正義であり、
可能な限り広めるのが、自らの責務だと真剣に考えているのだ。
今の日本を覆っている閉塞感は、歴史的に見れば珍しくもない。
大概、好景気の後には決まって国家的鬱病に罹患する。
なぜ、このような病にかかるのかといえば、理由はそんなに難しくない。
社会がある種の方向性を持ったパラダイムにシフトすると、
紆余曲折はあるにしても、その価値観を是認する体制が築かれる。
しかし、ある種の方向性を持つということは、
その成長には、おのずと限界が待ち受けているというコトだ。
そして限界が近づくにつれ、内包していた矛盾は表面化してくる。
その矛盾は、なんらかの病根が症状として表れたモノなのだが、
その時代の人間は、病根を取り除く根治療法は認めたがらない。
それまで築いてきた巣は壊したくはないし、蜜もまた手放したくないからだ。
だからとりあえず、対症療法を試みるコトになる。
もちろん、対症療法なのだから、なにも体質は変わっていないが、
その場しのぎの療法であっても、大衆はとりあえず安心する。
しかし安心している間にも、病は確実に拡がり続けている。
おそらく、何度か対症療法を試みるコトだろうが、
遂に病は膏肓に入り、手の施しようがなくなる。
そうなれば、それまでの築き上げてきた体制を捨てて、
新しいパラダイムにシフトするしかなくなる。

西洋的な史観だと、パラダイムが新たにシフトする方向は、
常に外向きで、それ以外の方向性は無いのではないかと思う。
つまり、行き詰ったそれまでの価値観や規範を打破するのには、
外部に出て行くしかないといった、
一見、日本人からすれば逞しく感じる一方で、単純にも思える発想だ。
しかし、それは当然かもしれない、
ヨーロッパだと、いつでも外敵が睨みを利かせているわけで、
国家が衰退の途にあったとしても、常に外部を意識せざるを得ず、
それを怠れば、それは即ち滅亡というコトに他ならないからだ。
だから西洋的な史観だと、いつも論ぜられるのは、
いかにして外部を支配下に置くかというコトである。
誤解のないように言っておくが、何も武力で支配するだけではない。
経済的にであったり、文化的にであったり、その形態は様々だ。
彼らが思い描く理想はPax(パクス)であり、
それは、彼らにとっては疑いもしない正義であり、
可能な限り広めるのが、自らの責務だと真剣に考えているのだ。
現代社会の大量生産&大量消費のシステムは、いずれ破綻する。
この持続可能とは程遠いシステムは、常に拡張することでしか成長できないからだ。
恰もガン細胞のようなこのシステムに、先進国の内部は、もう既に侵されてしまった。
ガン細胞が成長するためには、まだガンに侵されていない細胞が必要だ。
先進国がその伸びシロを、途上国という健全な市場に進出することで、
辛うじて命脈を保とうとしているが、当然その場しのぎでしかない。
もちろん、ガン細胞は途上国をも確実に侵し、増殖し続けている。
抽象的で分かりにくいかもしれないが、簡単に言えば、
中国を発展させて食い繋ぎ、その中国が成長し尽くしたら、
東南アジアやインドの市場を発展させるのか・・・?
そこも発展しきったら、今度はアフリカ大陸か・・・?
その後は・・・?
結局、いつか行き詰るのは馬鹿でも分かるコトだ。

江戸時代に代表される持続可能な社会は、
閉じた社会かもしれないが、必ずしも停滞した社会ではない。
農機具や品種改良などの農業技術だって、相当に進歩したし、
玉川上水や新田開発などの土木事業もあった。
お伊勢参りのような観光業も盛んだったし、
歌舞伎や寄席なども、当時の娯楽として発展したものだ。
洒落本や滑稽本など、出版業界の発行点数は、世界で一番だったし、
その背景には、庶民でも文字の読み書きができたという教育水準の高さがあった。
この世界でも群を抜いていた教育水準の高さこそが、
欧米列強の植民地支配を許さず、近代国家を築き上げるポテンシャルとなった。
ここで言いたいのは、江戸時代に戻れば良いってコトではない。
だだ現代の、いずれは破綻するしかないシステムから、
何らかの新たな持続可能なシステムに移行したとしても、
それは、将来性の感じられない、つまらないシステムでは、決してないってコトだ。
江戸時代の人たちが、彼らの時代を楽しんで過ごしたように、
来るべき時代が訪れたら、我々も十分に楽しめばいいのだ。
この持続可能とは程遠いシステムは、常に拡張することでしか成長できないからだ。
恰もガン細胞のようなこのシステムに、先進国の内部は、もう既に侵されてしまった。
ガン細胞が成長するためには、まだガンに侵されていない細胞が必要だ。
先進国がその伸びシロを、途上国という健全な市場に進出することで、
辛うじて命脈を保とうとしているが、当然その場しのぎでしかない。
もちろん、ガン細胞は途上国をも確実に侵し、増殖し続けている。
抽象的で分かりにくいかもしれないが、簡単に言えば、
中国を発展させて食い繋ぎ、その中国が成長し尽くしたら、
東南アジアやインドの市場を発展させるのか・・・?
そこも発展しきったら、今度はアフリカ大陸か・・・?
その後は・・・?
結局、いつか行き詰るのは馬鹿でも分かるコトだ。

江戸時代に代表される持続可能な社会は、
閉じた社会かもしれないが、必ずしも停滞した社会ではない。
農機具や品種改良などの農業技術だって、相当に進歩したし、
玉川上水や新田開発などの土木事業もあった。
お伊勢参りのような観光業も盛んだったし、
歌舞伎や寄席なども、当時の娯楽として発展したものだ。
洒落本や滑稽本など、出版業界の発行点数は、世界で一番だったし、
その背景には、庶民でも文字の読み書きができたという教育水準の高さがあった。
この世界でも群を抜いていた教育水準の高さこそが、
欧米列強の植民地支配を許さず、近代国家を築き上げるポテンシャルとなった。
ここで言いたいのは、江戸時代に戻れば良いってコトではない。
だだ現代の、いずれは破綻するしかないシステムから、
何らかの新たな持続可能なシステムに移行したとしても、
それは、将来性の感じられない、つまらないシステムでは、決してないってコトだ。
江戸時代の人たちが、彼らの時代を楽しんで過ごしたように、
来るべき時代が訪れたら、我々も十分に楽しめばいいのだ。
持続可能な社会に近づけば近づくほど、
大量生産というビジネスモデルで儲けてきた企業は成り立たなくなる。
そんなコトにでもなったら仕事が無くなって、大変なコトになる・・・と、
危機感を覚える人が多いに違いないが、おそらくその心配はない。
持続可能な社会をイメージするのに、手近で参考になるのは江戸時代だ。
もちろん、江戸時代と全く同じ社会になるわけではないが、
十分過ぎるヒントを与えてくれるはずだ。
江戸時代は、とにかく物を大事にした。
お茶碗を割ってしまっても、焼き接ぎ屋という職人さんが直してくれた。
鍋や釜を修理する鋳掛屋もあったし、下駄の歯を付け替える仕事もあった。
使ったロウソクの蝋を回収し、新しいロウソクを作る仕事もあったし、
現代と同じように、古着屋や古紙の回収もあった。
かまどの灰は肥料として農家に売れたし、下肥も当然のコト売れた。
江戸時代では、穴のあいた鍋からウンチまで、無駄になる物は1つも無かった。
もし江戸時代の人が、今の世の中を見たら、
我々が頭を抱えているゴミの山だって、宝の山に見えるに違いない。

現代人の論理では、そんなに物を大事にしたら、
物が売れなくなり、不景気になってしまうって考えるだろう。
でも、これだけポイポイ物を捨てて、すぐ新しい物に買い換える現代社会が、
不景気で物が売れず、仕事も無いって喘いでいる。
その一方で、持続可能なサイクルの中で暮らしていた江戸の社会では、
そのサイクルの継ぎ目という継ぎ目に多くの仕事が存在していた。
何とも、皮肉な話ではないか。
大量生産というビジネスモデルで儲けてきた企業は成り立たなくなる。
そんなコトにでもなったら仕事が無くなって、大変なコトになる・・・と、
危機感を覚える人が多いに違いないが、おそらくその心配はない。
持続可能な社会をイメージするのに、手近で参考になるのは江戸時代だ。
もちろん、江戸時代と全く同じ社会になるわけではないが、
十分過ぎるヒントを与えてくれるはずだ。
江戸時代は、とにかく物を大事にした。
お茶碗を割ってしまっても、焼き接ぎ屋という職人さんが直してくれた。
鍋や釜を修理する鋳掛屋もあったし、下駄の歯を付け替える仕事もあった。
使ったロウソクの蝋を回収し、新しいロウソクを作る仕事もあったし、
現代と同じように、古着屋や古紙の回収もあった。
かまどの灰は肥料として農家に売れたし、下肥も当然のコト売れた。
江戸時代では、穴のあいた鍋からウンチまで、無駄になる物は1つも無かった。
もし江戸時代の人が、今の世の中を見たら、
我々が頭を抱えているゴミの山だって、宝の山に見えるに違いない。

現代人の論理では、そんなに物を大事にしたら、
物が売れなくなり、不景気になってしまうって考えるだろう。
でも、これだけポイポイ物を捨てて、すぐ新しい物に買い換える現代社会が、
不景気で物が売れず、仕事も無いって喘いでいる。
その一方で、持続可能なサイクルの中で暮らしていた江戸の社会では、
そのサイクルの継ぎ目という継ぎ目に多くの仕事が存在していた。
何とも、皮肉な話ではないか。
もし途上国が、これまで先進国が享受してきた贅沢を望んだとしても、
今の我々にはそれを否定する資格はない。
もし、世界中の人間が日本人と同じ生活を送ったら、
地球は2個あっても足りない。
もし、アメリカ人の生活だったら、地球が4個でも足りない。
つまりは、先進国が構築してきた社会システムは、
持続可能だと言い難いシステムだってコトだ。
考えてみれば、当たり前だ。
70億人の人間が車を乗りまわしたら・・・?
日本人と同じくらい、電力を使い始めたら・・・?
牛肉を当たり前のように食べだしたら・・・?
どれをとっても世界の終焉なのは、誰の目にも明らかだろう。
人口13億人の中国がこれだけ発展し、12億人のインドも急成長中だ。
もう既に間に合わないかもしれないが、唯一の可能性があるとしたら、
それは、先進国自らが生活水準を下げるコトしかない。
今、考えられるシナリオの中で、最も確率が高いのは世界戦争だろう。
人間の欲望が、資源や食料の争奪戦へ誘うに違いない。
それでも構わないのなら、今すぐ軍備を増強しておくべきだ。
だだ、それで生き残ったとしても、すぐに更なる戦争が繰り返されるだろう。
次に、同じくらい確率が高そうなシナリオは、貧しい者が切り捨てられる世界だ。
一部の強欲な者たちが、すべてを支配しようとする。
もちろんのコト、弱肉強食は常に食われる者を必要とする。
今日の勝者も明日は敗者となって、この世にはいないかもしれない。
もしこれらのシナリオが嫌ならば、今の贅沢な生活を悔い改める以外ない。
日本人全員が、一丸となって生活水準を下げる以外にないのだ。

生活水準を下げるってコトは、エネルギーを減らすコトだと言い換えてもほぼ同じだ。
そうなれば、食事は質素なモノとなるだろうし、
今までみたいに、巷に生活物資が溢れるコトもなくなる。
なぜならば、大量生産ができなくなるからだ。
当然ながら、今のビジネスモデルは成り立たない。
だからトヨタだってソニーだってユニクロだってジャスコだって、
よほどの覚悟でビジネスモデルを変更し、体質改善しないかぎり潰れる。
トヨタが潰れる?・・・馬鹿なコトを言うな!・・・って、笑いたいヤツは、笑えばいい。
まぁ、いいさ、その時が来ればわかるコトだ。
でもあまり悲観的になる必要はない。
トヨタが潰れても、案外と車の修理工場は残るかもしれない。
ソニーが無くなっても、電化製品は町の電気屋が直してくれるだろう。
一張羅は、高くてなかなか買えなくなるだろうけど、
普段着は古着屋で買えばいいし、かけはぎがあるだろうからユニクロは必要ない。
ジャスコがなくても、かえって地元の商店街が活況を呈するようになる。
けっこう楽しい世の中になるんじゃないかな・・・?
否、楽しい世の中にしなくちゃいけない。
エネルギーをあまり使わなくたって、楽しい生活ができるってお手本を、
途上国に見せつけてやらない限り、最悪のシナリオは避けられないのだから。
今の我々にはそれを否定する資格はない。
もし、世界中の人間が日本人と同じ生活を送ったら、
地球は2個あっても足りない。
もし、アメリカ人の生活だったら、地球が4個でも足りない。
つまりは、先進国が構築してきた社会システムは、
持続可能だと言い難いシステムだってコトだ。
考えてみれば、当たり前だ。
70億人の人間が車を乗りまわしたら・・・?
日本人と同じくらい、電力を使い始めたら・・・?
牛肉を当たり前のように食べだしたら・・・?
どれをとっても世界の終焉なのは、誰の目にも明らかだろう。
人口13億人の中国がこれだけ発展し、12億人のインドも急成長中だ。
もう既に間に合わないかもしれないが、唯一の可能性があるとしたら、
それは、先進国自らが生活水準を下げるコトしかない。
今、考えられるシナリオの中で、最も確率が高いのは世界戦争だろう。
人間の欲望が、資源や食料の争奪戦へ誘うに違いない。
それでも構わないのなら、今すぐ軍備を増強しておくべきだ。
だだ、それで生き残ったとしても、すぐに更なる戦争が繰り返されるだろう。
次に、同じくらい確率が高そうなシナリオは、貧しい者が切り捨てられる世界だ。
一部の強欲な者たちが、すべてを支配しようとする。
もちろんのコト、弱肉強食は常に食われる者を必要とする。
今日の勝者も明日は敗者となって、この世にはいないかもしれない。
もしこれらのシナリオが嫌ならば、今の贅沢な生活を悔い改める以外ない。
日本人全員が、一丸となって生活水準を下げる以外にないのだ。

生活水準を下げるってコトは、エネルギーを減らすコトだと言い換えてもほぼ同じだ。
そうなれば、食事は質素なモノとなるだろうし、
今までみたいに、巷に生活物資が溢れるコトもなくなる。
なぜならば、大量生産ができなくなるからだ。
当然ながら、今のビジネスモデルは成り立たない。
だからトヨタだってソニーだってユニクロだってジャスコだって、
よほどの覚悟でビジネスモデルを変更し、体質改善しないかぎり潰れる。
トヨタが潰れる?・・・馬鹿なコトを言うな!・・・って、笑いたいヤツは、笑えばいい。
まぁ、いいさ、その時が来ればわかるコトだ。
でもあまり悲観的になる必要はない。
トヨタが潰れても、案外と車の修理工場は残るかもしれない。
ソニーが無くなっても、電化製品は町の電気屋が直してくれるだろう。
一張羅は、高くてなかなか買えなくなるだろうけど、
普段着は古着屋で買えばいいし、かけはぎがあるだろうからユニクロは必要ない。
ジャスコがなくても、かえって地元の商店街が活況を呈するようになる。
けっこう楽しい世の中になるんじゃないかな・・・?
否、楽しい世の中にしなくちゃいけない。
エネルギーをあまり使わなくたって、楽しい生活ができるってお手本を、
途上国に見せつけてやらない限り、最悪のシナリオは避けられないのだから。








